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東京地方裁判所 平成8年(ワ)680号 判決

反訴原告 株式会社富士銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 海老原元彦

同 田子真也

反訴被告 Y

右訴訟代理人弁護士 根本雄一

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金一五三万五二八三円及び内金一五二万二四三八円に対する平成六年二月八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

以下においては、反訴原告を「原告」と、反訴被告を「被告」と略称する。なお、平成六年(ワ)第一七五七二号債務不存在確認請求本訴事件は、平成八年二月二六日取り下げられた。

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、銀行業務を営む原告が、カードローン契約に基づき、顧客である被告に対し、貸金の支払を請求した事案である。

一  原告の主張(請求の原因)

1  原告は、平成二年二月二二日、被告との間で、左記の内容のカードローン契約を締結した(以下「本件契約」という。)。

(一) 被告は、ローンカードを使用して五〇万円の貸越極度額の範囲内で原告から当座貸越を受けることができる。

(二) 被告が当座貸越を受けられる期間は、契約成立日から一年後の応当日の属する月の一七日までとする。但し、期限までに原告から被告に期限を延長しない旨の申出がない場合には、カード取引期限は更に一年延長されるものとし、以降も同様とする。

(三) 原告は、貸越極度額を増額することができる。この場合、原告は、変更後の貸越極度額及び変更日を被告に通知する。

(四) 貸越金の利息は、毎月一七日(銀行休業日の場合は翌営業日)に当初所定の利率又は特に適用する優遇利率によって計算の上、貸越元金に組み入れるものとする。

遅延損害金は年一四パーセントとする。

(五) 被告は、毎月一七日(当日が銀行休業日の場合には翌営業日)に前月一七日現在の当座貸越残高に応じ返済する。

(六) 被告が弁済を遅延し、原告からの書面による督促を受けても次の弁済日までに元利金(損害金を含む)を弁済しなかったときは、本件契約に基づく貸越元利金につき当然に期限の利益を失い、直ちに債務を弁済するものとする。

2  原告は、平成二年三月二三日、右カードローン契約に基づき被告名義のローンカード(以下「本件カード」という。)を簡易書留にて被告宛に発送し、本件カードは被告宅に到達した。

3  被告またはその依頼を受けた第三者は、本件カードを現金自動支払機に挿入し、暗証1番号を打ち込む操作を通じて、別表「貸越状況表」のとおり、平成三年一〇月一四日から平成四年六月二三日までの間、多数回にわたって、「貸越」欄の金額を借り入れた。なお、平成三年一〇月七日借入の二万八二七七円は、本件契約に付された自動融資特約に基づき、富士UCカードの引落口座の残金額を越える請求部分相当額が右口座に入金されたものである。

4  仮に、原告から信用許諾を受けていない第三者が、本件カードを利用して3のとおりの借入を行っていたとしても、本件契約には、次のとおりの特約(以下「本件特約」という。)がある。

被告が原告に提出した書類の印影(又は暗証)を、原告が届出の印鑑(又は暗証)に、相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取引したときは、書類、印影等について偽造、変造、盗用等があってもそのために生じた損害については被告の負担とする。

5  被告が平成五年一二月一七日の定例返済を怠ったため、原告は被告に対し、平成五年一二月二七日頃及び平成六年一月一二日頃に書面で履行の催告をした。しかし、被告は、平成六年一月一七日の定例返済日に弁済しなかったため、本件契約にもとづいて生じた残債務につき期限の利益を失った。(当事者間に争いがない)

6  被告は、別表「貸越状況表」のとおり、平成三年一〇月一五日から平成五年一一月一七日までの間及び平成六年二月三日、同年二月七日に一部の弁済を行い、残元本債務は一五二万二四三八円となった。

二  被告の主張(請求の原因に対する認否及び反論)

1  原告の主張1及び2の各事実を否認する。

被告は本件契約をそもそも申し込んでいない。被告は本件カードを受け取った記憶もない。

2  原告の主張3の事実を否認する。

被告は本件カードを利用したことも、第三者に使用を許諾したこともない。

3  原告の主張4の事実を否認する。

(一) 本件契約は、無制限に顧客に損害を押し付け、銀行が責任を免れる規定であり無効である。

(二) 本件では、申込時に約款についての説明が一切ないこと、本件契約の申込用紙が総合口座、富士UCカードの申込用紙と一体の複写式であり、複数の契約をしているという意識を喚起させずらいこと、富士UCカードと本件カードの暗証番号が同一番号でしか登録できないような安易なシステムであることなどの点で、原告側にも過失があり、本件特約を適用するのは不当である。

4  原告のなした本件貸付は、極度額五〇万円を越える範囲については支払義務の認められない無効なものである。

三  争点

1  本件契約の成否

2  本件カードの利用が、被告又は被告から使用許諾を受けたものによるものか。

3  本件特約の有効性、適用の相当性

4  本件貸付は極度額の範囲を超えるものか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  甲三、乙二、四の1ないし10、五の1ないし7、七によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、平成二年二月二二日、当時勤務していた安田生命保険相互会社教育センター管理課を訪れた原告の職員の勧誘により、他の同僚らとともに、原告銀行に総合口座を新規開設することとした。その際用いられた申込書は、七枚綴りの複写式で、第一枚目の表題部には「申込書総合口座・トゥモロー・公共料金自動振替・富士メンバーズカード・富士カード」とあり、「この機会にぜひ、〈富士〉におまとめになりませんか。」との宣伝文句が印刷されている。即ち、これにより、総合口座、トゥモロー(定額積立)、公共料金自動振替、富士メンバーズカード(カードローン契約)、富士カード(UCカードと称するクレジットカード)それぞれの契約を締結することができる書式となっている。そして、その第二、第三枚目には、富士カード、富士メンバーズカード、公共料金自動振替、トゥモローそれぞれについて、〔1申込みます〕か〔2申込みません〕かを選択して○印を付したうえ、〔1申込みます〕を選択した場合には申込者(作成者)が押印する様式となっている。

(二) 被告が作成した右体裁の申込書の第二、第三枚目には、富士カード及び富士メンバーズカードの欄については、〔1申込みます〕に○印が付されたうえ被告の押印があり、公共料金自動振替及びトゥモロー欄については、〔2申込みません〕に○印が付されている。

(三) 原告においては、顧客からカードローン契約の申込書の提出を受けた場合は、原告の主張1の契約内容の記載された①カードローン規定―富士メンバーズローンカード用―②カードローンカード規定③口座振替規定④保証委託規定、そして⑤富士カード会員規約からなる「富士メンバーズパック規定集」を交付する扱いである。そして、交付の事実を確認するため右体裁の申込書の第二枚目には「富士メンバーズパック規定集受領印」が設けられており、被告が作成した申込書には、被告の押印がある。

2  被告は、総合口座と富士カード(UCカード)の契約については、原告に申し込んだ記憶があるものの、富士メンバーズカード(カードローン契約)については覚えがない、富士メンバーズパック規定集も貰った記憶がないと供述する一方で、富士メンバーズカードの〔1申込みます〕欄に押印したとも供述する。

3  1で認定した事実に、被告の供述内容を総合すると、被告は、平成二年二月二二日、七枚綴りの申込書に所定の事項を記載し、総合口座、富士カード(UCカード)とともに富士メンバーズカード(本件ローンカード)についても原告と取引することを意思決定したうえ押印し、契約内容を記載した富士メンバーズパック規定集を受領したものであると認めるのが相当である。

そして、乙七及び後記認定のとおり本件カードが被告の姉Bにより使用されていることによれば、原告が平成二年三月二三日簡易書留により被告の自宅宛に発送した本件カードが、被告のもとに到達したことを推認することができる。

したがって、原告と被告との間で本件契約が成立したものと解することができる。

二  争点2について

甲三、八、乙三の10ないし17及び被告本人の尋問の結果によれば、被告の姉Bが被告に無断で本件カードを使用して別表「貸越状況表」のとおり平成三年一〇月一四日から平成四年六月二三日までの間「貸越」欄の金額を借り入れたこと、またBが原告に無断で富士カード(UCカード)を使用し、その支払のための引落口座の残額が不足した結果、平成三年一〇月七日二万八二七七円の本件契約に基づく自動融資を受けることとなったこと、以上の事実が認められる。

したがって、本件カードの利用が被告または被告から使用許諾を受けた者によるものであるとの原告の主張は採用できない。

三  争点3について

1  甲三、七、八、乙七及び被告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

被告は平成四年一二月頃までは母及び姉Bと同居していた。

Bは、清水建設に勤務していたが、平成元年頃からクレジットカードやサラ金からの負債が増加し多重債務者となり、当初は被告から承諾を得て日本信販株式会社や安田生命のクレジットカードを借りて利用したりしていたが、平成三年一〇月頃からは、被告のカードの暗証番号は全て〈省略〉であることやカード類の保管場所を知っていたことから、右各クレジットカードや本件カード、富士カード(UCカード)を無断で使用するようになった。

被告は、平成三年一〇月九日頃には使用した覚えがない富士カード(UCカード)の返済として原告の預金口座から引き落としがされていることに気づいた。さらに、平成四年に入ると、日本信販からは数か月に一度の割合で督促の電話も掛かるようになった。本件カードについても、三か月毎に利用の状況の照合表が、半年毎に本件カードの返済用預金口座の取引明細が記載された未記入取引照合表が、それぞれ被告の自宅に普通郵便で送付され、右各照合表には別表「貸越状況表」記載の貸付と返済の明細が記載されていた。不信を憶えた被告はBに問い質したりしたが、Bは被告のカードを無断使用していることを全面的に否認した。しかも、Bは、日本信販のB1と名乗って声色を使って被告に電話を掛け、「被告のカード全部がおかしい。機械を直すためにデータのテストをさせて欲しい。あくまでもテストなので明細が送られて来ても捨てるように。督促の電話が来ても、督促係の人は内容を知らないのですぐお金を入れておくと答えておけばよい。」などと申し向けた。被告は、Bの指示どおり原告から送られて来た各照合表等は破り捨てた。

Bの虚言や偽装工作を信用した被告は、本件カードや他のクレジットカードについても無断使用を阻止するための具体的な手段を何ら採らなかった。

2  本件契約締結の際、被告が受領した富士メンバーズパック規定集のカードローン規定(乙四の3)一四条二項には、「当行に提出した書類の暗証を、届出の暗証に、相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取引したときは、書類等について盗用等があってもそのために生じた損害については本人の負担とします。」と、カードローンカード規定(乙四の5)10(1)には、「自動機によりローンカードを確認し、自動機操作の際使用された暗証との一致を確認のうえ払戻しました場合には、ローンカードまたは暗証につき盗用その他の事故があってもそのために生じた損害については当行、提携行およびNCSは責任を負いません。」と定められている。

本件ローンカード契約は、利用者がローンカードを慎重に管理し、暗証の秘密を第三者に漏らさなければ事故を防ぐことができ、また利用者から事故届が提出されたときには銀行は速やかにコンピューター処理を行い、払戻がされないシステムとなっているのであるから、右規定には合理性が認められ、無制限に顧客に損害を押し付け無効であるとの被告の主張は採用できない。

そして、本件は、1で認定したとおり、同居していた実姉が本件カードを使用したという事案であり、しかも被告は初期の段階からBが無断使用していることを疑うに足る事実を認識しており、原告からは別表「貸越状況表」記載の貸付と返済の明細が記載された照合表も送付されていたというのに、およそ荒唐無稽とも言うべきBの偽装工作や虚言を信じて、原告への問い合わせ等事実の確認や無断使用を阻止するための具体的な手段を何ら採らなかったというのである。

このような本件事案においては、右規定の内容の口頭による詳細な説明の有無にかかわらず、右規定集を被告が受領している以上、右規定を適用するに何らの不当性も認められず、被告は本件契約に基づき本件カードを使用してなされた貸付の責任を免れないものというべきである。

四  争点4について

乙四の1、七によれば、カードローン規定三条第二項には、原告は貸越限度額を増額することが可能であり、変更後の極度額及び変更日を被告に通知するものと定められていること、被告の極度額は当初五〇万円であったところ、平成三年三月頃に一〇〇万円に、同年一一月頃に二〇〇万円にまで増額され、その旨の通知が本件契約時に届出のあった被告の住所に普通郵便で通知されたこと、以上の事実が認められる。

したがって、本件貸付が貸越限度額の範囲を超えるとの被告の主張は理由がない。

(裁判官 生島弘康)

〈以下省略〉

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